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◆第84回東京箱根間往復大学駅伝最終日(3日、神奈川・箱根町~東京・大手町=復路5区間、109・9キロ) 「藤色の常勝軍団」が、大荒れの戦国大会を制した。首位・早大と1分14秒差の2位で復路スタートした駒大が、6区で3分11秒差をつけられたが、8区の深津卓也(2年)が区間賞の力走で猛追。9区で堺晃一(4年)が早大を逆転する作戦通りのレース運び。通算11時間5分0秒のタイムで3年ぶり6回目の総合優勝を果たした。途中棄権が史上初めて3校出る荒れた中、安定した走りで復路も制した。来季もVメンバーが5人残り、「第2次黄金期」形成を目指す。(天候晴れ、気温氷点下3・3度、湿度80%、南南西の風0・4メートル=スタート時)

 伝統の安定感で駒大が、荒れ模様の箱根路をトップで駆け抜けた。9区。首位の早大と15秒差でタスキを手にすると、堺は猛然とたくましい太ももを揺らした。「後輩にも箱根の優勝を味わわせたい。自分で決める」2・6キロで早大・三輪(3年)をかわし、トップに浮上。並走が続いたが、8・4キロ付近の権太坂の下りでスパート。1分21秒差をつけ、早大に引導を渡した。

 進化した強さだ。06年4月、駒大では珍しいスピード抜群の即戦力・宇賀地、高林、深津の五千メートル13分台トリオが入学。それを機に、大八木弘明監督(49)は従来のスタミナ重視からスピード強化へも重きを置く方針へ転じた。昨年5月の関東インカレ2部では五千メートルを豊後が制すなど、長距離部員のみの大学では異例の1部昇格を成し遂げた。堺も12月に一万メートルで28分台をマーク。3月には、びわ湖マラソンで北京五輪代表に挑戦する。「今回の走りはすごい自信になった」と駒大初の五輪代表の座を目指す。

 黄金期にも劣らないチームだ。昨夏の長野県内の合宿では、起伏のあるクロスカントリーコースで40キロ走などをこなし、1か月で約1100キロを走破。「箱根を4連覇したころと変わらない、質の高い練習を消化できた」と指揮官。普段から2、4年生が先頭を入れ替わって引っ張る練習を行っており、豊後は「練習から切磋琢磨(せっさたくま)できるのが強み。まとまって強くなれた」と振り返った。

 途中棄権3校、シード陥落4校と史上初のアクシデントが相次いだ今大会。区間賞は8区深津だけだが、区間2ケタは6区12位の藤井だけと全20チームで唯一、堅実につないだと言える。

 指揮官は暑さなども想定に入れ、区間配置にち密な戦略を練った。東海大の佐藤(3年)の復路投入を予想。「豊後は汗をかく、深津は上りに強い」と一万メートル28分台の主軸を「つなぎ」とされる7、8区に配した。過去5度の総合V時と同じく、復路にも強力布陣を敷ける分厚い選手層で復路V。「2年も負けてたし、今回の優勝は格別」と大八木監督は笑った。

 来季は今回のV戦士5人が残る。「これが新しい駒沢黄金時代の始まり」と、大手町の青空に3度舞った安西主将は願った。「この優勝を自信にして、もっと力をつけないと」と深津はより高みを見据える。「常勝軍団」が完全復活を遂げた。

 ◆駒大 1964年に同好会として創部。今回で箱根駅伝出場42回(うち総合優勝6回、往路V3回、復路V7回)、全日本大学駅伝優勝7回、出雲駅伝優勝2回。現在、陸上部員は46人。タスキは藤色。4年周期で交換しており、今季は1年目。部員のほかOBやコーチら一緒に練習している全員の名前を、マジックで書き込んでいる。大学の所在地は東京・世田谷区駒沢。主なOBに西田隆維(JAL AGS)、藤田敦史(富士通)、プロ野球解説者の中畑清氏(元巨人)ら。

参照元:スポーツ報知

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 【グラスゴー(英国)2日】左ひざ痛で戦列を離れているセルティックMF中村俊輔(29)が、12日のスコティッシュ杯4回戦スターリング・アルビオン(2部)戦(ホーム)で実戦復帰する意向を2日、明かした。キック練習を含む約1時間半のリハビリメニューをこなし「ちょっとずつ(ペースを)上げている。今週は走って、たぶん来週から全体練習に合流すると思う」と復帰への青写真を披露。「12日に合わせていく。そこで出られればいい」と昨年10月27日のマザーウェル戦以来、77日ぶりの出場に意欲を燃やした。

参照元:スポーツ報知

フランクフルトの日本代表FW高原直泰(28)が、早ければ4日にも浦和移籍が実現するとの見通しを2日、示した。ドイツ出発前の成田空港で「自分の中である程度方向性は決めている。3、4日で決まる」と話した。

 浦和とは推定年俸1億2000万円の複数年契約で基本合意。推定120万ユーロ(約1億9000万円)の移籍金などのクラブ間交渉を残すだけとなっている。フランクフルトでは、ポルトガル合宿が始まる6日までにフンケル監督と最終会談を持つ見込み。古巣の磐田、ドイツの他の2クラブからもオファーを受けているが、「クラブとして一番機能していて、ファン、会社トータルで抜けている」とほれ込むアジア王者への移籍の決心を伝えるつもりだ。

 「日本に戻ることは以前から考えていた。もちろん、代表にはフル参戦したい」2月から始まるW杯アジア3次予選の完全参戦も誓った。

参照元:スポーツ報知

鹿島の元日本代表FW柳沢敦(30)が、京都に完全移籍することが2日、確実になった。昨年12月に移籍志願を表明後、京都、東京Vから正式獲得オファーを受けていたが、この日までに東京Vに断りを入れたことが判明。計約10年間在籍した鹿島を離れ、古都でサッカー人生第2章を迎える。

 柳沢が重い決断を下した。関係者によれば、正式オファーを受けている東京Vに断りを入れたという。残る選択肢は京都移籍か残留だが、すでに新しい環境でプレーする意思を固めており、今後は京都移籍を前提とした交渉に臨む見込み。障害は極めて少なく、約10年間在籍した鹿島を離れることが確実となった。

 昨年12月19日に「鹿島では成長させてもらったけど、これ以上は成長できない。決断しなければいけない時が来た」と移籍志願を表明。その後京都、東京Vから正式獲得オファーが届き、新潟も強い興味を示すなど争奪戦となっていた。昨年末に京都、東京Vの強化部関係者と会談した結果、京都に絞り込んだ。

 京都では、以前鹿島の同僚だった秋田豊氏(37)がトップチームのコーチに就任することが決定している。このことも、決心する1つの要素になったとみられる。また、加藤久監督は先発の座を与えることを明言しており、「成長するために」必要な出場機会も保証されている。

 柳沢は1日の天皇杯決勝戦、残留を望むサポーターから「柳沢コール」を受け、ロッカールームから再びピッチへ登場。ユニホーム、スパイクなどをスタンドに投げ入れ「鹿島とのお別れ」とも取れる“儀式”を行った。ミスター・アントラーズが、古都・京都で第2のサッカー人生を歩む。

 ◆柳沢 敦(やなぎさわ・あつし)1977年5月27日、富山県生まれ、30歳。96年に富山一から鹿島に入団し、03年夏にセリエAサンプドリアへ移籍。その後メッシーナを経て、06年2月鹿島復帰。ユース世代から代表入りし、02年日韓W杯、06年ドイツW杯日本代表。夫人はカリスマモデルの小畑由香里。国際Aマッチ58試合17得点。Jリーグ通算220試合80得点。177センチ、75キロ。

参照元:スポーツ報知

 浦和MF小野伸二(28)にドイツ・ブンデスリーガのボーフムから移籍を前提とした練習参加の正式オファーが届き、3日に緊急出発することが2日、決まった。

 家族旅行先のハワイから戻ってきた天才の動きは素早かった。関係者によると、小野は1部残留の切り札として期待を寄せられたボーフムから昨年末に届いた正式オファーに応じることを決意。代理人の秋山祐輔氏とともに、クリスマス休暇明けのチームが再始動する3日に現地入りする手続きを取った。

 フェイエノールト時代に欧州CLで活躍し、02年UEFA杯優勝に貢献した小野を評価するボーフムは、昨季先発の座を失う原因となり、遊離軟骨摘出手術を受けた左足首の状態をチェックして唯一の懸案事項をクリアする狙いがある。一方、小野は練習場やクラブハウスなど施設の充実度を実際に確認したいとの希望を持っている。参加期間は未定。関係者は「ボーフムには、足首の状態次第で練習に参加できないかもしれない、とは事前に伝えている」と説明する。

 浦和復帰後の2年間は負傷に苦しみ続けたが、一度も日本代表に招集しなかったイビチャ・オシム前監督も「小野の名前を忘れたことは一度もない」と語っていた。待望の完全復活を懸け、3年ぶりの欧州復帰への第一歩を踏みしめる。

参照元:スポーツ報知

◆第86回全国高校サッカー選手権第3日 三鷹1―0矢板北(2日・西が丘サッカー場) 初出場の三鷹(東京B)が都立勢としては75年ぶりに全国2勝を挙げた。後半38分、DF繁沢健太(3年)が決勝ゴールを決め、矢板中央(栃木)を1―0で破った。野球部が昨夏の甲子園で初優勝を飾った佐賀北(佐賀)は、中京大中京(愛知)を1―0で破り“がばい旋風”を予感させる初戦突破となった。全日本ユース選手権を制した流経大柏(千葉)、前回準優勝の作陽(岡山)は3回戦に進んだが、前々回大会覇者の野洲(滋賀)、過去6度優勝の帝京(東京A)は姿を消した。

 都立の星が再び輝いた。開幕戦で都立勢として56年ぶりの白星を挙げた三鷹が矢板中央を撃破し、ベスト16に進出。都立勢の1大会2勝は戦後初で、戦前を含めると1932年度大会の青山師範(現東京学芸大)以来、75年ぶり2度目となる快挙だ。

 勝利の立役者となったのはDF繁沢。守っては相手のU―17日本代表FW富山にマンマークで張りついて仕事をさせず、後半38分にはFKから値千金の決勝ヘッドをたたき込んだ。垂直跳び77センチとチームNO1の跳躍力を誇る背番号4は「FWを抑えるのが仕事だったので、ゼロに抑えられて良かった。ヘディングは練習してるんで自信あるけど、たまたまって感じです」と、はにかんだ。

 昨年11月17日の都大会決勝・早実戦(2―1)では、マークに付いていた選手に得点を許した。試合後は歓喜を爆発させるほかの選手を尻目に「もうサッカーできない」と一人号泣。「だったらやめちまえ」と山下正人監督(51)はあえて突き放すことで繁沢を立ち直らせた。「明るくて、すごく責任感の強い子。富山を抑えて、なおかつ点も取って、きょうはあいつに尽きますね」と指揮官は目を細めた。

 進学希望も進路は未定。「サッカーが終わってから考えます。勉強? あんまりしてません」と苦笑いしたが、それだけ最後の大会に全身全霊を注いでいる。3回戦の宮城工(宮城)戦に勝てば都立勢初の3勝目となるが「とりあえず1試合1試合、目の前の相手に勝つだけです」と一戦必勝を誓った。

 ◆1932年度の青山師範 兵庫県の南甲子園運動場で行われた第15回大会には全国から12チームが参加。東京代表の青山師範は初戦で修道中(中国)を3―1で下すと、準決勝で京都師範(京都)を2―1で撃破。決勝で神戸一中(兵庫)に1―2で敗れた。東京府から東京都になったのは43年のため、青山師範は当時府立。その後、師範学校の統合などを経て49年に東京学芸大となった。

参照元:スポーツ報知

◆第84回東京箱根間往復大学駅伝第1日(2日、東京・大手町~神奈川・箱根町) 日大のダニエル(2年)は史上タイ記録となる15人抜きの快走を見せた。

 白い歯が鮮血で染まっていた。ダニエル(2年)は、上唇をかみ続け、ライバルを抜き続けた。19位でタスキを受け、15人をかわした。モグスには64秒及ばず区間新にも41秒届かなかったが、初めての2区で、東海大の伊達まで11秒差と迫った納得の走り。一万メートル27分44秒73と竹沢(早大)に次ぐ出場選手2番目の速さを発揮した。

 「うれしかったです。19位からは、ちょっと苦しかった。でも、自分が頑張れば、チームはできると思ったから。何人抜いたかは分かっていなかった。モグスは速いのは分かっているよ」。

 実はスタート直後から右のでん部が痛み出した。それでも、最後まで失速しなかったのは、ケニアの先輩のおかげだった。モグスから「2区は本当にキツイから最初から突っ込みすぎるな」とアドバイスされていた。昨年は3区区間2位も力を出し切れず「50%」と辛口評価していた。

 「今年は80%ぐらいです」同郷の先輩の背中を追い続けた2年目。ゴールでは、モグスが待っていてくれた。来年こそは、すべての力を出し切って、中継所で待ち受ける。

参照元:スポーツ報知

◆第84回東京箱根間往復大学駅伝第1日(2日、東京・大手町~神奈川・箱根町) 優勝候補の駒大は、5時間34分22秒で、往路2位につけた。山上りの5区で主将の安西秀幸(4年)が、早大・駒野に次ぐ区間2位の好走でチームを押し上げた。トップ早大との1分14秒差は逆転の射程圏。3年ぶり総合優勝に向け、絶好の位置で3日の復路を迎える。

 ゴール後、安西は両ひざを付いたまま、しばらく起き上がれなかった。主将が、気力の走りで、駒大に“予定通り”のポジションをもたらした。大八木弘明監督(49)の総合優勝への青写真は「往路でトップと1分半以内の差」読みどおり、ピタリだ。

 「苦しかった。(早大・駒野に)離されて、急にキツくなった」。安西が息も切れ切れに声を絞り出す。8・4キロ過ぎ、駒野に前に出られたが4キロ以上も粘って粘ってついていった。離されても、ズルズル後退せず、2位をキープし続けた。1時間19分38秒は、区間歴代4位の好記録だった。

 2年時は7区17位に沈んだ。3年時の前回は2区にエントリーされながら、元日に風邪で発熱し、出場すらできなかった。今回も昨秋に右足甲を故障し、出場が微妙だった。だが、走れない間はプールで1日4キロ泳ぎ、心肺機能を落とさないことを心がけた。「迷惑をかけっぱなしだったので」今回は絶対に出場して、責任を果たすつもりだった。「最低限はできました」というが、大八木監督は「しっかりやってくれたな。いい流れを作ってくれた」と“最大限”の褒め言葉をかけた。

 奪首に射程圏の1分14秒差で、力のある佐藤悠基(3年)を残す8位の東海大には、逃げ切り可能な3分42秒差を付けた。「思っていた通り(の位置)に入ったね」(大八木監督)。4連覇で黄金時代を築きながら、前々回は亜大に9区で抜かれ、前回はV争いに加われなかった。2年分のうっ憤を晴らす3年ぶりVへの下準備は、完ぺきに出来上がった。

参照元:スポーツ報知

大相撲の横綱・朝青龍(27)=高砂=が2日、東京・千代田区の神田明神で初詣でを行った。本殿でおはらいを受け、心願成就と身体健全のお札を授かり、改心と復活を懸けた08年のスタートを切った。3場所ぶりに復帰する初場所(1月13日初日・両国国技館)へ向け、3日から高砂部屋でけいこを開始する。

 朝青龍は午前11時に紋付きはかま姿で現れた。新年をモンゴルで過ごしていた03年の横綱昇進後では事実上初めての初詣で。本殿でおはらいを受けると、最悪だった07年を忘れ08年を最高の年にすべく頭を下げた。

 12月29日から元日までは沖縄で過ごした。神田明神は必勝の神様。母国での年越しはかなわなかったが、心に勇気を授かった日本のお正月となったようだ。

参照元:スポーツ報知

大みそか「K―1 Dynamite!!」の視聴率が2日発表され、第2部(20時30分~23時)が14・7%を記録(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。昨年の19・9%から5・2ポイントのダウンだが、谷川EPは「民放1位をキープできたのはよかった。大連立の盛り上がり熱は伝わったと思う」と話した。

参照元:スポーツ報知

昨年大みそかの「やれんのか!」(さいたまスーパーアリーナ)で行われた秋山成勲(32)=フリー=と三崎和雄(31)=GRABAKA=戦が、再戦が確実であることが2日、分かった。

 試合は三崎が勝利したが、とどめのサッカーボールキックで鼻骨を折った秋山が、4点ポジション(両手両足がマットについた状態)での反則攻撃であることを主張。主催者審判は「手がマットから離れた状態だった」とみなしているが、異論も出ている。

 K―1の谷川貞治イベントプロデューサー(EP、46)も、貸し出した秋山を擁護。「あれは反則ですね。ビデオで確認しましたが、蹴られて体が起き上がっている。秋山君は昨年の反則事件(06年大みそかの桜庭戦)の張本人だけに遠慮しているのかもしれないが、きちんと(主催者に)提訴すべきです」と話した。

 だが「やれんのか!」は今回限りの興行で、提訴の効果は不明。谷川EPはHERO’SなどFEG主催大会を考えており、早ければ3月中旬にさいたまスーパーアリーナで計画中の連立第2弾興行で再戦となる。

 また、三崎が韓国をルーツとする秋山に勝った直後「日本人は強いんです!」と絶叫したことに対し、韓国国内で反感が噴出。公平を期し韓国を再戦の舞台とする案も浮上しており、6月に韓国で開催予定の「Dynamite!」も有力だ。

 ◆三崎・秋山戦VTR 打撃戦から秋山が右パンチでダウンを奪い馬乗りパンチ。だが、立ち上がった三崎が逆に左フックで倒して顔面にサッカーボールキックを見舞い、1回8分12秒、KO勝利を収めた。

参照元:スポーツ報知

 阪神の金本知憲外野手と新井貴浩内野手が1日、広島市内のスポーツジムで自主トレーニングを公開した。2人そろっての元日始動は、金本が広島時代から毎年恒例。新井が広島から今オフ移籍し、再び一緒のチームとなった。

 時折談笑するなどリラックスした様子の2人。先輩の金本から「新井さんが入ってきて刺激になる」と振られると「金本さんを刺激するためには、自分が結果を出さないといけない」と真剣な表情で応えていた。

参照元:スポーツ報知

米大リーグ、ドジャースはニューヨークからロサンゼルスへの本拠地移転50周年を記念して1日、ロサンゼルス近郊で行われたローズパレードに初めて参加。球団の顔として斎藤隆投手も山車に乗り込み、ファンの歓声にこたえた。

 119回の歴史を持つローズパレードは大型の山車と、バンド演奏などを組み合わせた全米有数のパレード。昨季39セーブを挙げた斎藤はガルシアパーラ内野手、ペニー投手らとともに参加した。今季から前広島の黒田博樹投手を獲得、節目の年に優勝を目指す地元チームに沿道からは声援が送られた。(共同)

参照元:スポーツ報知

脳梗塞(こうそく)で倒れ東京都内の病院でリハビリを続けている日本代表のオシム前監督から1日、サッカー界に新年のメッセージが届いた。

 通訳が書き留めた文面に、前監督が自筆のサインを添えたもので「サッカーはサプライズのゲームであり、人生に似ています。新しい年2008年がポジティブなサプライズの年でありますように」との内容。選手やファンに向けた本人からのメッセージは初めて。

参照元:スポーツ報知

◆第87回天皇杯決勝 広島0―2鹿島(1日・国立競技場) 鹿島が広島を下し7大会ぶり3度目の優勝を果たした。鹿島はJ1との2冠達成で07シーズンを締めくくった。

 鹿島は前半8分、マルキーニョスとのワンツーから抜け出した右サイドバックの内田が角度のないところからゴール左サイドネットに突き刺し先制。後半ロスタイムには、本山のパスを受けた柳沢がドリブルでゴール前に進出、左サイドのスペースにパスを出し、走り込んだダニーロが追加点を決めゲームを決めた。

 新シーズンの開幕を告げる3月1日のゼロックス・スーパーカップ(東京・国立競技場)では、鹿島と天皇杯準優勝の広島が対戦する。

 鹿島・オリベイラ監督「タイトルをもたらすために呼ばれ、こういうタイトルを取れた。選手と喜びを分かち合いたい。今日が特別だったのではなく、シーズンを通してやってきたことが勝因」

 広島・ペトロビッチ監督「負けはしたが、決勝まで来たのは若い選手たちにとって良い経験になった。この天皇杯で取り戻した自信が、来季につながるだろう」

参照元:スポーツ報知

ウランバートル発の1日の新華社電によると、モンゴル紙「オドリーン・ソニン」が大相撲の横綱・白鵬を、たゆまぬ努力で横綱となってモンゴル人の栄誉を勝ち取ったという理由で2007年の「年の人」に選んだ。

 04年から同紙はモンゴルに大きな影響を与えた各界の人物を「年の人」として選んでおり、第1回は横綱・朝青龍だった。(共同)

参照元:スポーツ報知

【3区=21・5キロ】山梨学大・田中は、1時間4分50秒と安定した走りでモグスからの勢いを引き継ぎ、リードを広げて1位で4区にたすきをつないだ。一度は3位に落ちた中央学大も、堀が抜き返し1分50秒差の2位。7位でたすきを受けた中大のエース・上野が5キロ過ぎで4人を抜き3位に浮上。11・5キロ過ぎには前を行く中央学大も抜いたが、18キロ過ぎからペースダウン、ズルズル後退し3位で平塚中継所に入った。トップとの差は2分3秒。

 座骨神経痛などを発症しながら強行出場した大阪世界陸上一万メートル代表の早大・竹沢が1時間3分32秒と実力通りの走りを見せて区間賞。早大は12位から5位に順位を上げた。

 早大・竹沢「シード圏内(10位以内)に順位を上げられて良かった。下りがちょっときつかったが、平坦に入って楽になった。腿の前面がしびれてた。叩いたら良くなると思ったがあまり変わらなかった」

参照元:スポーツ報知

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